0、プロローグ〈4〉
アリアは、建物と建物の間の狭い路地を見つけ中へ入っていく。建物に遮られて昼間とは思えない暗さとなっている路地は、ぼっとしていればすぐに何かにさらわれてしまいそうであった。まあ実際
「やあ、お嬢さん。どっから来たんだい?ちょっとおじさんに金かしてくれないかな?」
こんなことを言うおバカな人間どもが、路地裏には出没する。
「おじさんこそ、こんなところで何してるの?ぼくはおじさんみたいな使えなそうな人に構ってる暇ないんだけど?」
男は一瞬目を見開くと、すぐに顔を真っ赤に染めた。
「いいじゃないか。そこまで言うなら確かめさせてやろうか、ねっ!」
そう言うと、男は大きく拳を振り上げてアリアの方に突っ込んで来た。普通の女の子にしてみれば、目にも止まらぬ速さ。だが、日頃のブラフィルドとの訓練で本物の「目にも止まらぬ速さ」を見ているアリアにとって、この男の拳はスローモーションのようにゆっくりに見えた。
右の拳を振り上げるところまでは良かったんだけど、前に突進するときの体重移動にムラが多すぎる。あれじゃ威力を殺しちゃうよ。やっぱりこいつはーー
「不合格だねっ」
そういってアリアは左脚に魔力を込める。靴に埋め込まれた宝石が光り、解読不能な文字の羅列と魔法陣が浮かび上がる。そして身体が少女とは思えないほどの速さで左へと跳躍し、男の拳を軽々と避けた。バランスを崩して前へとつんのめる男を呆れた気持ちで眺めつつ、アリアは右腿から小さなナイフを取り出した。その銀でできたナイフに魔力を注ぎ込むと、シンプルだった刃に文字と幾何学模様が浮かび上がる。アリアはそのナイフを、なぜか男の首筋に軽く触れさせた。男は驚きに目を見開き、すぐに数秒痙攣すると、力が抜けたように地面に倒れこんだ。アリアはそれを確認すると、ナイフを太腿にしまう。
「雷系統の気絶魔法か。さすが先生、こんな調整がむずかしい魔法式を完璧な力加減で仕立ててる」
アリアが使ったナイフには、ブラフィルドの作った魔法陣が埋め込まれている。本当は致死性のある雷系統の術を埋め込むはずが、アリアが無理を言って死なない程度に威力を弱めてもらったのだ。たとえ自分が危険な時であっても、守るべきものを殺めることは許されない。アリアはそう考えていた。
アリアは他に候補がいないか探すため、さらに奥へと歩いて行こうとする。しかし、数歩歩いたところで並々ならぬ気配を感じてアリアは立ち止まった。
「だれ? 」
アリアが問いかけると、何もない闇から無音で人影が現れる。
「君、なかなかやるな。そこの男は、一応うちの組織の中でも結構腕の立つ方なんだ」
謎の男はそういってふっと笑った。無駄の無い動きと余裕のある笑みに、アリアの鈍っていた感覚が一気に呼び起こされる。
「きみこそ、そんな高度な幻術どこで手に入れたのさ」
相手の出方を探りつつ、牽制も兼ねてそう問い返す。余裕のある口調とは裏腹に、先ほどからアリアの脳内ではかつてないほど大きな音で警告音が鳴り響いていた。
この男とまともに戦っても勝ち目はないーー
そう判断するのに、0コンマ2秒もかからなかった。逃げなきゃ。理性はそう叫ぶが、身体はいうことを聞こうとはしない。否、聞けないのだ。
(むり。今のぼくの能力じゃ、あいつの射程圏外に逃げ切る前に殺られる……)
首筋に冷たい汗が這う。アリアの全力を使って両脚に最大限のブーストをかけたとしても、相手の視界から完全に消えられるところまで跳躍するのには1秒はかかるだろう。それだけあれば、あの男はアリアの急所を3回程突くことが可能だ。
(ああ、こんなことになるんなら、攻撃系の魔術を一つぐらい身につけておけばよかったなぁ)
どうせ誰かを殺すことなどないのだからと攻撃手段を身につけて来なかったアリアの失態だ。たとえ殺す気がなくとも攻撃魔術があれば、敵の足止めぐらいはできただろうに。
「回想は終わった?そろそろいいかな」
どうやら男はアリアが考え終わるのを待っていたらしい。今の回想に費やしていた時間は2秒ほどなのだが、2秒あれば2人の戦いの決着をつけるのは容易だ。その時間を何もせずにいた男は、アリアとの力量差をよくわかっているらしい。まったく、舐められたものだ。
「いいよ。好きにして。どうやら結果はどう足掻こうと変わらないみたいだから」
「そうか。では遠慮なく行かせてもらおう」
男はそう言って笑った。
瞬間。
「くっ!」
比喩なしに瞬き一つの時間もなく、男が目の前に現れる。とっさに避けるアリアを男は余裕たっぷりの笑みを浮かべながら追撃する。男の手には、いつの間にか一振りのダガーが握られていた。それがダガーとわかっただけでも幸運なのに、音速で迫るそれを避けきることなどできない。アリアの肩口に刃がそい、肉を軽々と切り裂いていく。瞬間の冷たさと、その後すぐに襲ってくる激痛と鉄の香り。そうか、この匂いは血だったんだ。アリアは幼い頃に嗅いだ胸をかき混ぜるような嫌な臭いの正体を自らの肉体を持って確認することになった。痛みに朦朧とする意識の中で、ダガーが心臓へと迫ってきているのがわかる。先ほどの無理な回避によって体制を崩していたアリアに、次の一撃を避けることはできない。
(ああ、終わったな。ぼくの人生)
ただ使命のために生まれ、その遂行のためだけに生きてきた12年間は、ここで虚しく果てるのだ。でもこれでよかったかのかもしれない。きっとこれで、ぼくはやっと自由になれる。
笑ってもいいんだよ。君は1人の人間なんだから……
その時、かつてたった1人、自分に笑っていいなんて言った「彼」の顔が浮かんだ。よく考えば彼以外の人と笑ったり泣いたりしたことはなかったかもしれない。今まですっかり忘れていたのに、なんだって今思い出したのだろう……
お兄様ごめんなさい。ぼく、約束を果たせそうにないや……
その瞬間、足元に煌めく魔法陣が浮かんだ。魔法陣から溢れる雰囲気から推察するにおそらくそれは攻撃魔法。しかし、対峙する男は一切詠唱をしておらず、魔法を記憶しておく魔法石を使った形跡もない。ということは……
アリアは持てる力全てを使って魔法陣の圏外に飛び出した。アリアの身体は無理やりな力を加えられたため、とてつもない勢いで後方へ吹っ飛ぶ。吹き飛ばされた空中で見たのは、魔術の発動に必要な魔力供給を受けられず霧散した魔法陣と、眉をひそめてこちらを見る男だった。
「誰だ、そこにいるのは」
底冷えのする声に、アリアは思わず身震いしそうになる。しかし、男が発した声はアリアに向けられたものではなかった。その声に誘われて、横の角から人影が現れる。その人影は20歳になっているかどうかの青年だった。後ろに一つ束ねられた濃藍の長髪を振りながら、青年はアリアの方へ振り返る。彼の眼がアリアの眼を覗き込んだ。
なんて、儚く切ない瞳なのだろう……
アリアは自分の状況を忘れ、ただただその眼に魅せられた。それは、全てを呑み込む夜空のようだった。アリアはその闇に吸い込まれるようにして、深い眠りへと落ちていく……
0、プロローグ〈3〉
「それにしても、1人で出稼ぎに来るなんて偉いね。アリアちゃんはいくつなの?」
「うーんと、12かなぁ」
アリアは石ころを蹴飛ばしながら答えた。
アリアとエーヴィは、歩きながらお互いに他愛のない会話をしていた。先ほどの武器屋からエーヴィの働いている食堂「もぐもぐ亭」まではそこそこの距離がある。よって歩きながらの会話は、すでに20分近く続いていた。
仲良く二人で歩く姿はまるで姉妹のようで、道行く人々に「エーヴィちゃん、妹がいたのかい
?」と聞かれるほどであった。今まで家族というものにほとんど触れたことのなかったアリアにとってそれははじめての経験で、少しくすぐったい気分になる。
「そっか、12歳か。私が家を出たのとおんなじくらいかな」
エーヴィは過ぎし日を懐かしむように言った。
「エーヴィはどうして家を出たの? 」
そう聞いて、アリアはすぐに自らの質問の軽率さに赤面した。子供が家を出て中央都に来る理由など、出稼ぎ以外にないではないか。しかしそんなアリアの質問に気分を害した様子もなく、エーヴィは自分を指差して「私のこと?」と聞き返した。アリアが肯定すると、エーヴィは少し困ったようにしてから答えた。
「わたしは役立たずでね。兄や妹に比べて何もかも全然ダメで、幼い時に家を追い出されちゃったんだ。それで中央都のあるお家に引き取られたんだけど、そこもいろいろあって。結局なんだかんだで家にいられなくなっちゃって、今はもぐもぐ亭のおかみさんの好意で住み込みで働かせてもらってるの」
「そっか。みんな大変なんだね」
アリアは複雑な気分でそう返した。自分が塔の上で豪華な食事をお腹いっぱい食べている中で、家庭の事情で家を追い出されてしまう人や、自分の明日の生活費を得るために出稼ぎに来る人々がいるとは。話には聞いていたが、実際にあって話してみるとより実感できる。子供であろうと、一人前に働かなくては生きていけない。それがカルンストルム王国の実情だ。それを知れただけでも、塔から降りて来た甲斐があるとアリアは思う。
「あ、ついたよ。ここが私の働いてるお店」
前を見てみると、道を行った先に『もぐもぐ亭』と書かれた看板が見えた。エーヴィは店の中に走っていくと、少ししてひょっこりと顔を出す。
「待ってて、昼ごはん作るから!」
もぐもぐ亭の看板メニューはお皿いっぱいの大きさのハンバーグだ。もちろんエーヴィが出してきた昼ごはんも巨大ハンバーグだった。
「いただきます!」
お腹の空いていたアリアは目を輝かせてハンバーグにナイフを通す。少し硬めに焼かれた肉は、普段彼女が食べているものと違って切りづらかった。唸りながらナイフを前後に動かしているアリアをみて、エーヴィは堪えきれなくなって吹き出す。
「それは切ろうとしちゃダメ。こうやって食べるの」
そう言ってエーヴィはハンバーグにフォークを突き刺し、思いっきり噛みちぎるジェスチャーをした。アリアは見たことのない食べ方に戸惑ったが、見たとおりにフォークを肉に突き刺し、口に持ってきて思いっきり噛みちぎった。するとジュワッと肉汁が溢れ出し、口中に芳ばしい香りが広がる。初めて味わう美味しさに、アリアの目が星空のように輝いた。
「おいしい……!」
「そう?よかった」
エーヴィはそういうと、立ち上がって水を持ってきた。アリアはその間も、無心にハンバーグをむさぼり続けている。庶民の食事は質素だという固定概念を抱いていたアリアにとって、このハンバーグは革命だった。自分がいつも食べている食事でもこんなのが出ればいいのに。アリアは明日からの食事が少し憂鬱に思えた。
0、プロローグ〈2〉
マーイルマン大陸に君臨する大国シャスパ帝国。その南東部に位置する第五属国カルンストルム王国は、果実栽培が盛んな農業立国である。そんなカルンストルム王国の行政中心地(通称中央都)レルクミーリアは、他国でいう首都のような場所で、カルンストルム王の居住地である王城『レルクトリア』や貴族の邸宅、国王軍本部や様々な官公庁が軒を連ねている。また、南緯30°という低緯度地帯ながら標高1500mの高地にあるため、周りの地域と比べて夏は涼しく冬があまり厳しくない温暖冬季少雨気候であった。そんなレルクミーリアの季節は初春。もうすぐこの地方の特産物であるぺレージという果物の木の蕾の選定作業が始まる頃だ。農家も忙しくなり、多くの人手を必要とする。よって、街は冬の間出稼ぎに出ていた人々の帰り支度で、どこか慌ただしい雰囲気が漂っていた。そんな中を、1人の少女と男が歩いている。
「いや、話には聞いていたけど、街というのは想像以上に騒がしいんだね」
アリアはそんなことを言いながら周りをきょろきょろと見回した。先ほど抱いていた覚悟と決意は、この時ばかりは頭の隅に追いやられているようだ。大通りを端から端へと横断するアリアは、活気溢れる街の風景に溶け込んでいた。普通の家に生まれていれば、きっと彼女はおてんばな女の子として幸せに暮らしていたのだろう。無意味な仮定と知りながら、ブラフィルドはそう思わずにはいられなかった。
「ここはカルンストルム中央都ですからね。栄え方が他の街とは段違いです。特に初冬から初春にかけては、出稼ぎに来る人々によって、毎日がお祭り騒ぎのようですよ」
アリアの隣まで歩いていくと、ブラフィルドはそう答えた。
「へえ、そうなんだ。初冬の街も見て見たいなぁ」
アリアはそう言って目を輝かせた。もちろんアリアにも、それが叶わない願いだということはわかっているだろう。だからこそ、あんなにも心の底から憧れることができるのだ。
「あ、そうでした」
ブラフィルドは何かを思い出したのか、そういうとカバンの中から小さな袋を取り出した。
「これを持っていてください」
「ん?」
アリアは不思議そうに首を傾げ、袋を振ってみる。するとジャラジャラという音を立てて、金属がぶつかる音がした。中を見てみると、金銀の金属のコインがたくさん入っている。アリアはそれを見てピンときたのか、手をパンと打ち鳴らした。
「そうか、これがお金というものか!これがないと街では何もできないんだもんね。先生に教えてもらったのは覚えているけど、普段全く使わないからすっかり忘れてた!」
アリアはそういうと、すぐに袋を受け取ってスキップをし始める。硬貨の入った袋を振り回し見た目よりも速いスピードで歩いていくアリア。危なっかしいその様子を見て、ブラフィルドは急になにか起こらないか心配になった。
「迷子にならないでくださいよ。中央都は広いですからね」
「わかってるよー」
一応声をかけて見たが、アリアから帰って来た返答は適当なものだった。不安は急増するが、アリアはそういう合間にもどんどん人混みの中へと潜って行く。ブラフィルドは数歩小走りになってから諦めたようにまた歩き始めた。どうせ本気になれば直ぐに探し出せるのだから、今は自由に観光させてあげよう。ブラフィルドはそう思い、追いかけるのをやめたのだ。
(面倒ごとに巻き込まれないといいですけど)
先ほど抱いた不安はぬぐいきれないが、今はアリアを信じよう。そう頭を切り替えたブラフィルドは、自分の仕事を果たすため裏路地へと消えて行った。
「わあ、わあ!」
アリアは店に並ぶ武器の大群に目を輝かせていた。壁一面に輝く長短軽重様々な商品が、アリアにとっては金銀財宝と同義だった。
「うん、これなんていいかも!」
アリアが手に取ったのは銀製のダガーナイフだった。普通、銀は鉄に比べ柔らかく、武器の素材には向かないので避けられる傾向にある。しかし魔術師にとって銀は魔術の発動に必要な魔術印を込めやすい素材なので、銀製の武器は実は一定の需要があるのだ。アリアは街に行ったこともなければ、もちろん戦闘経験もない。そんなアリアが武器についてある程度の知識があるのは、ブラフィルドに教えてもらったからだ。まあ、アリアがそんなことを教わっていると召使いたち、ひいてはその雇い主に知られては、ブラフィルドは生きては帰れないだろう。よってその時も幻術を用い、周りには知られないように講義を受けていた。またその際ある程度戦闘訓練もしているので、街中のチンピラ風情であれば、赤子の手を捻るように成敗できる自信がある。
「お嬢ちゃん、それを買うのかい?」
1人の男が、アリアに話しかけてきた。金槌を持っているところから、おそらくこの店の店主であろう。上腕に盛り上がる筋肉は、さすが武器職人というところか。目の前の武器も彼の自作であるに違いない。
「うん、このナイフいい素材を使っているね。鍛え方もなかなかだ。これ、いくらで売ってくれる?」
アイルが問いかけると、男はニカッと笑った。自分の腕を褒められたのが嬉しかったようだ。
「ほお、お嬢ちゃん、いい目をしてるじゃねえか。これは俺の自信作なんだよ。どうだ、今なら6万8000ピールだ」
「ちょっと待ちなさいっ!」
いきなり大きな音を立てて扉が開いた。ズカズカと1人の若い女性が店の中に入ってくる。
その背格好と幼さの残る顔から、年齢は20前後だろう。女性は店主の前に来ると、腕を腰に当てて怒った表情で話した。
「小さな女の子にこんな高価な武器売りつけてどうするの!」
彼女はひょいとアリアが見ていた武器を持ち上げる。
「ちょっとこれ、銀製のダガーじゃない!こんな小さな子が魔術を使えるわけないでしょ!何考えてるの? 」
「いや、だってやっと売れそうだったから…」
「だってもへったくれもない!」
言い訳をしようとする店主に女性の容赦ないツッコミが入る。あまりの勢いに怖気づいた店主は、ブツブツと自信作なのにとかなんとか言って不満そうであったが、彼女に睨まれると、怖気付いたようで何も言わなくなった。
「あなた、中央都は初めて?」
女性はしゃがんでアリアと目線を合わせながら言った。
「うん、そうだよ」
「もう、1人で歩いたら危ないよ。たまたま今回のバカは私の知り合いだったからよかったけど、中央都にはあの馬鹿店主みたいに高額商品を売りつける奴なんてザラにいるんだから」
そう言って女性は店主を睨みつける。店主は震え上がって奥の工房へと逃げて言った。
「あいつも根は悪い奴じゃないんだけどね。でもこの街には根っからの極悪人だっているんだから。ほんと、ここには世界中の犯罪をすべて網羅できるぐらいの十人十色の犯罪者が集まってるんじゃないかしら」
アリアはそれを聞きながら、次の行動を考えていた。実は今回の密行の主目的は、ある計画を実行するための人員を確保することにある。そのためには、もっとこの街を見て回る必要がある。
「ねえ、お姉さん。ぼく、実は1人でこの街にお金を稼ぎに来たんだけど、右も左もわからなくって。よかったら案内してくれない? 」
女性は一瞬驚いた顔をすると、優しい微笑みを浮かべた。
「もちろんよ。私はエーヴィ。中央都の端のほうで飲食店のウェイトレスをしているの。ひとまずそこに行きましょう。あなたは?」
アリアは内心ガッツポーズをしながら、面ではあたかもこのことを計画していなかったかのように、純粋な笑顔で言った。
「ぼくはアリア!よろしくね! 」
0、プロローグ〈1〉
風が吹いた。
少女の髪が風にたなびいて大きく揺れる。
膝まで届く長い髪は、血のような真紅に染まっていた。
もう一度、強い風が少女に吹きつける。
少女は、あまりの風の強さに目を細めた。
「申し訳ございませんっ」
1人の召使いが慌てて駆け寄り、扉を閉める。風の抵抗が消えた少女の髪は、重力に従って地面へと降りた。風音の消えた室内は、まるで誰もいないかのように、静まり返っている。
ここは、塔の上。誰もが一度は目にしていながら、誰もその存在に気づかない、少女の小さな「世界」。
少女は、静かになった部屋を見渡した。数々の彫刻と最高品質の家具で飾られた部屋は、どこかよそよそしい。少女がついたため息は、無駄に広い部屋へ吸い込まれていった。少女はもう一度窓へ向くと、側にあった椅子に腰をかけて、何をするでもなくほおづえをつく。
コンコン
何分そうしていただろうか。静寂に包まれた部屋にドアをノックする音が響いて、少女はゆっくりと顔をドアに向けた。ずっと動かさずにいた手が痺れているが、久しぶりの来客に胸が高まる少女には、あまり気にならなかった。
『ブラフィルド先生がお見えです』
部屋の番をしていた兵士が、扉越しに呼びかける。
「先生がお見えになっているのですか?」
先生が来ている。そうだ、今日は先生との約束の日だった。こんな大事なことを忘れるなんて、自分は相当物思いに耽っていたらしい。少女は弾むような声で兵士に答えると、少し小走りにドアへと向かった。
「兵士さん、いつもありがとう。先生をお通ししてあげて」
この部屋の人間は、必要最低限の発言しか認められておらず、目配せなども禁止されている。よって少女とこの兵士は、お互いにどんな人間なのかを知らない。だが、上目遣いで見る少女に、兵士がほんの少しだけ微笑んでくれたのは少し嬉しかった。今ので彼が少しでも幸せを感じられたならいいな。少女はそんなことを思った。
兵士がドアを開けると、そこには長い髪を後ろで束ねた二十代ぐらいの若い男が立っていた。
「先生、ごきげんよう。わざわざこのようなところに脚を運んでくださり、まことにありがとうございます」
少女はドレスの裾をつまんで、恭しく礼をする。先生と呼ばれた男は軽く礼を返すと、部屋の中に入って来た。少女も男について、部屋の中央にある机に向かう。少女の部屋に来たブラフィルドという男は、少女の家庭教師である。一日のほとんどを部屋で過ごし、他人と触れる機会がない少女にとって、ブラフィルドは社交の場での振る舞いや、国語であるシャスパ語を教えてくれる唯一無ニの先生だった。そう、表向きは。今日ブラフィルドがここに来たのは、家庭教師をするためではない。
「アリアレカエラ様、出しておいた宿題は終わりましたか?」
ブラフィルドはそう声をかけた。少女は「もちろんです」と、お茶の準備を一旦止めて返事をする。ブラフィルドはそれを聞くと、持ってきた鞄を開けて、何かの準備を始めた。その姿はいつもの教師と生徒といった感じで、全く違和感がない。
「先生、準備はできましたか?」
ブラフィルドの手が止まるのを見計らって、少女は入れたてのお茶を机に置くと、そう尋ねた。ブラフィルドは、机に置かれたお茶を一口飲むと、少女の方を向いて微笑んだ。
「もう大丈夫ですよ。アリア」
少女は顔を綻ばせる。しかしその表情は先ほどのようなどこか人を寂しくさせる可憐な微笑みではなく、寒気を感じるくらいに無邪気な笑顔だった。
「そっか、さすが先生。仕事が早いね」
少女、アリアは先ほどまででは考えられないような軽快な動きで部屋中を飛び回る。いつものお淑やかで優雅な少女はそこにはいない。アリアの姿は市井の少年少女となんの変わりもなかった。そんな明らかに普段とは違った様子のアリアを見ても、周りの召使いたちは何の反応も示さない。彼女たちには幻術によってアリアとブラフィルドが熱心に勉強をしている姿がみえているはずだ。
「うん、先生の魔法は最高だ。こんなに至近距離でも、相手に一切勘付かれないほど高度な幻術を展開させるなんて」
そう言ってアリアは召使いの前で手を振るが、やはり気づかれることはない。
「あまり浮かれている暇はないですよ、アリア。今回貴方を教えるためにもらった時間はあまり多くありません。遅くても日没までには帰らなくては、わたしたちがいなくなっていたということが、あの者にばれてしまいます」
「あ、そうだっけ?ごめん、すっかり忘れてた!」
アリアはそういって頭をぽこんと叩き、手を上に挙げた。すると、彼女の手から光が溢れ身体中を包み込む。光が消えると、そこにはミニスカートとマントを身にまとった、どこにでもいる金髪の女の子がいた。
「だいぶ幻術が上手くなりましたね」
ブラフィルドが感心した声で言った。アリアはそれを聞いてにっこり笑うと、今度は手を一振りする。すると窓際にあった花瓶が、精巧なつくりのナイフに変わった。ウインクをするアリアに、ブラフィルドは呆れ顔で返す。アリアはそれを見てより嬉しそうに笑った。そして身を翻し窓の近くに行き、勢いよく開け放つ。風が部屋になだれ込み、アリアの金髪を乱した。そのまま窓から身を乗り出し、下を覗く。真下には広大な森。少しいったところには街並みが見える。外には世界が広がっているんだ。アリアは初めてそう実感した。同時に限界の見えない世界に足がすくみそうになる。
「ついに、この時が来たんだね」
アリアは風に吹かれながら、そう呟いた。
「はい、貴方はよくここまで耐えました。しかし、ここから先、もっと辛いことがあるでしょう。それでも、貴方は前に進めますか?」
ブラフィルドが静かにアリアに問う。
確かに自分が進もうとしているのは、希望溢れる未来ではなく、永遠に終わらない孤独と絶望だろう。だが、それがなんだというのか。自分は使命を果たすためだけに生きてきた。もしなにも持たない自分が唯一持っている使命さえ無くしてしまったら、きっと自分に生きる意味はなくなってしまう。それは怖いことだし、それだけは絶対に嫌だ。だから、一寸先が闇であろうと、自分は進まなければいけない。使命を果たして死ぬのなら、それは本望だ。
『使命を果たせ』
唯一記憶に残っている父の言葉は、ただこれだけだった。
言われなくても、やってやる。
覚悟は決まった。もう迷いはない。
「うん、行こうか」
そう言って、アリアは体を宙に投げる。一瞬の浮遊感の後に、急速な落下感。普段味わえない感覚に興奮と少しの恐怖を覚えながら、アリアは初めての世界へと落ちていった。
あらすじ〜暁の空の向こう側〜
マーイルマン大陸中央に位置する超大国『シャスパ帝国』
古くから大陸の絶対的な支配者である皇帝の直轄地『霊峰レグエタチア』とその皇帝に忠誠を誓う十の王家の治める十の属国とで成り立つ、
領土、人民、資源、そして軍事力において近隣の小国を圧倒する
文字どおりの『超』大国である
そんな帝国の南東部に位置する属国カルンストルム王国の行政中心地(通称中央都)レルクミーリアに住む青年ユリウスは、自らの生に意味を見出せずにいた。
「自分は生きていてはいけない存在なんだ」
そう思いつつも周りの人間に「生きろ」と言われ、いつしか心のどこかで自分の死を正当化できる死に場所を探してきた青年は、ある日中央都の裏町で、謎の男に襲われ瀕死の傷を負った少女と出会う……
そこを自らの死地と定め、少女を守るために剣を振るった青年は、重傷を負いながらも運命の悪戯によって少女とともに一命を取り止める
目の前に現れた『死』への希望を失い、再び道に迷い苦しむ青年の前で、青年に命を助けられた少女は口にする。
「もし死んでしまうとしても、止まらないことがぼくの生きる意味なら、ぼくは進み続ける」
青年は少女とともに旅に出る、自らの『生きる意味』を探すために……
ーーというわけであらすじを書いてみました!
小説は小さい頃から趣味として書いてきたのである程度スラスラと(クオリティは最悪ですが)できるのですが、あらすじは初めてなのでこの文字数で一時間近くかかってしまいました(^_^;)
内容はご覧の通りファンタジーです。ちょっとダーク色強めです( ̄▽ ̄)
明日からは「0、プロローグ」を数日間に分けて連載していきたいと思いますので、応援よろしくお願いしますm(_ _)m
連載計画
こんにちは、未明です(^O^)
ブログ2投稿目となる今回は、今後の連載計画について書いていきます(*´∀`)♪
・連載頻度
連載頻度は未定なのですが、なるべく早く連載できるように執筆頑張りたいと思います!
最初に連載する「暁の空の向こう側」は約25話の予定です♪
ただ、昨日試しにすでに執筆してあるプロローグを入れて見たら案の定すごい長さになってしまったので1話を5分割ぐらいにして1日ごとに連載していこうと思います。
なにせ1話20000〜30000字もあるんです(−_−;)
作者であるわたしも一気に読んだら疲れちゃいます(笑)
・更新時刻
基本5時ごろを予定しています!
とはいえ今日は早速遅くなってしまっているんですが(^^;;
(わたしのマイペースがこんなところにも出てしまってますね)
なるべく予定は守れるようにしていくので、通勤通学の合間にも見ていただけると幸いです(*´꒳`*)
あとTwitterで活動報告と更新通知してるのでよかったらどうぞ!
こんなわけで、不慣れながら頑張っていくので、応援よろしくお願いします‼︎
次回は「暁の空の向こう側」のあらすじを紹介していきたいと思います♪
それではまた明日╰(*´︶`*)╯♡
いらっしゃいませ(*^^*)
はじめまして!細々と小説を書いている『曙 未明』(あけぼの みめい)と言います(*´꒳`*)
学生生活の傍、ほとんど趣味のような形で小説を書き続けています
もともとスマホの中で細々と自らの世界を展開させていたのですが、せっかくだから誰かにこの世界を見てもらいたいと思い、ブログにて連載を開始することになりました♪
拙い文章と拙い描写で読みづらいことこの上ないと思いますが、一行でも読んでくださる方がいれば幸いです╰(*´︶`*)╯♡
勉強になるので、展開、ストーリー展開に関する厳しいご意見もお待ちしております!
もちろん褒めてくだされば一日中にやにやします(笑)
最後になりますが、連載した小説は完結まで書きたいと思っているので、時間の空いている時に読んでいただけると嬉しいです。今後ともどうぞわたしの頭の中に広がる世界で懸命に生きる登場人物たちの姿を見守ってくださいm(_ _)m
追伸:Twitterで活動報告しています!よかったらフォローお願いします(๑╹ω╹๑ )