未明の幻想世界

私の脳内で展開される世界を小説にして投稿します!彼らの運命を見届けてくれる人が一人でも多く現れることを祈って……

0、プロローグ〈2〉

 

マーイルマン大陸に君臨する大国シャスパ帝国。その南東部に位置する第五属国カルンストルム王国は、果実栽培が盛んな農業立国である。そんなカルンストルム王国の行政中心地(通称中央都)レルクミーリアは、他国でいう首都のような場所で、カルンストルム王の居住地である王城『レルクトリア』や貴族の邸宅、国王軍本部や様々な官公庁が軒を連ねている。また、南緯30°という低緯度地帯ながら標高1500mの高地にあるため、周りの地域と比べて夏は涼しく冬があまり厳しくない温暖冬季少雨気候であった。そんなレルクミーリアの季節は初春。もうすぐこの地方の特産物であるぺレージという果物の木の蕾の選定作業が始まる頃だ。農家も忙しくなり、多くの人手を必要とする。よって、街は冬の間出稼ぎに出ていた人々の帰り支度で、どこか慌ただしい雰囲気が漂っていた。そんな中を、1人の少女と男が歩いている。
「いや、話には聞いていたけど、街というのは想像以上に騒がしいんだね」
アリアはそんなことを言いながら周りをきょろきょろと見回した。先ほど抱いていた覚悟と決意は、この時ばかりは頭の隅に追いやられているようだ。大通りを端から端へと横断するアリアは、活気溢れる街の風景に溶け込んでいた。普通の家に生まれていれば、きっと彼女はおてんばな女の子として幸せに暮らしていたのだろう。無意味な仮定と知りながら、ブラフィルドはそう思わずにはいられなかった。
「ここはカルンストルム中央都ですからね。栄え方が他の街とは段違いです。特に初冬から初春にかけては、出稼ぎに来る人々によって、毎日がお祭り騒ぎのようですよ」
アリアの隣まで歩いていくと、ブラフィルドはそう答えた。
「へえ、そうなんだ。初冬の街も見て見たいなぁ」
アリアはそう言って目を輝かせた。もちろんアリアにも、それが叶わない願いだということはわかっているだろう。だからこそ、あんなにも心の底から憧れることができるのだ。
「あ、そうでした」
ブラフィルドは何かを思い出したのか、そういうとカバンの中から小さな袋を取り出した。
「これを持っていてください」
「ん?」
アリアは不思議そうに首を傾げ、袋を振ってみる。するとジャラジャラという音を立てて、金属がぶつかる音がした。中を見てみると、金銀の金属のコインがたくさん入っている。アリアはそれを見てピンときたのか、手をパンと打ち鳴らした。
「そうか、これがお金というものか!これがないと街では何もできないんだもんね。先生に教えてもらったのは覚えているけど、普段全く使わないからすっかり忘れてた!」
アリアはそういうと、すぐに袋を受け取ってスキップをし始める。硬貨の入った袋を振り回し見た目よりも速いスピードで歩いていくアリア。危なっかしいその様子を見て、ブラフィルドは急になにか起こらないか心配になった。
「迷子にならないでくださいよ。中央都は広いですからね」
「わかってるよー」
一応声をかけて見たが、アリアから帰って来た返答は適当なものだった。不安は急増するが、アリアはそういう合間にもどんどん人混みの中へと潜って行く。ブラフィルドは数歩小走りになってから諦めたようにまた歩き始めた。どうせ本気になれば直ぐに探し出せるのだから、今は自由に観光させてあげよう。ブラフィルドはそう思い、追いかけるのをやめたのだ。
(面倒ごとに巻き込まれないといいですけど)
先ほど抱いた不安はぬぐいきれないが、今はアリアを信じよう。そう頭を切り替えたブラフィルドは、自分の仕事を果たすため裏路地へと消えて行った。

「わあ、わあ!」
アリアは店に並ぶ武器の大群に目を輝かせていた。壁一面に輝く長短軽重様々な商品が、アリアにとっては金銀財宝と同義だった。
「うん、これなんていいかも!」
アリアが手に取ったのは銀製のダガーナイフだった。普通、銀は鉄に比べ柔らかく、武器の素材には向かないので避けられる傾向にある。しかし魔術師にとって銀は魔術の発動に必要な魔術印を込めやすい素材なので、銀製の武器は実は一定の需要があるのだ。アリアは街に行ったこともなければ、もちろん戦闘経験もない。そんなアリアが武器についてある程度の知識があるのは、ブラフィルドに教えてもらったからだ。まあ、アリアがそんなことを教わっていると召使いたち、ひいてはその雇い主に知られては、ブラフィルドは生きては帰れないだろう。よってその時も幻術を用い、周りには知られないように講義を受けていた。またその際ある程度戦闘訓練もしているので、街中のチンピラ風情であれば、赤子の手を捻るように成敗できる自信がある。
「お嬢ちゃん、それを買うのかい?」
1人の男が、アリアに話しかけてきた。金槌を持っているところから、おそらくこの店の店主であろう。上腕に盛り上がる筋肉は、さすが武器職人というところか。目の前の武器も彼の自作であるに違いない。
「うん、このナイフいい素材を使っているね。鍛え方もなかなかだ。これ、いくらで売ってくれる?」
アイルが問いかけると、男はニカッと笑った。自分の腕を褒められたのが嬉しかったようだ。
「ほお、お嬢ちゃん、いい目をしてるじゃねえか。これは俺の自信作なんだよ。どうだ、今なら6万8000ピールだ」

「ちょっと待ちなさいっ!」

いきなり大きな音を立てて扉が開いた。ズカズカと1人の若い女性が店の中に入ってくる。
その背格好と幼さの残る顔から、年齢は20前後だろう。女性は店主の前に来ると、腕を腰に当てて怒った表情で話した。
「小さな女の子にこんな高価な武器売りつけてどうするの!」
彼女はひょいとアリアが見ていた武器を持ち上げる。
「ちょっとこれ、銀製のダガーじゃない!こんな小さな子が魔術を使えるわけないでしょ!何考えてるの? 」
「いや、だってやっと売れそうだったから…」
「だってもへったくれもない!」
言い訳をしようとする店主に女性の容赦ないツッコミが入る。あまりの勢いに怖気づいた店主は、ブツブツと自信作なのにとかなんとか言って不満そうであったが、彼女に睨まれると、怖気付いたようで何も言わなくなった。

「あなた、中央都は初めて?」
女性はしゃがんでアリアと目線を合わせながら言った。
「うん、そうだよ」
「もう、1人で歩いたら危ないよ。たまたま今回のバカは私の知り合いだったからよかったけど、中央都にはあの馬鹿店主みたいに高額商品を売りつける奴なんてザラにいるんだから」
そう言って女性は店主を睨みつける。店主は震え上がって奥の工房へと逃げて言った。
「あいつも根は悪い奴じゃないんだけどね。でもこの街には根っからの極悪人だっているんだから。ほんと、ここには世界中の犯罪をすべて網羅できるぐらいの十人十色の犯罪者が集まってるんじゃないかしら」
アリアはそれを聞きながら、次の行動を考えていた。実は今回の密行の主目的は、ある計画を実行するための人員を確保することにある。そのためには、もっとこの街を見て回る必要がある。
「ねえ、お姉さん。ぼく、実は1人でこの街にお金を稼ぎに来たんだけど、右も左もわからなくって。よかったら案内してくれない? 」
女性は一瞬驚いた顔をすると、優しい微笑みを浮かべた。
「もちろんよ。私はエーヴィ。中央都の端のほうで飲食店のウェイトレスをしているの。ひとまずそこに行きましょう。あなたは?」
アリアは内心ガッツポーズをしながら、面ではあたかもこのことを計画していなかったかのように、純粋な笑顔で言った。
「ぼくはアリア!よろしくね! 」